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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(あ)180号 決定 1972年10月06日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人長野国助、同関根俊太郎、同田中登、同早川俊幸、同藤原寛治連名の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点の実質は、単なる法令違反の主張であり、その余は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訟法四〇五条の上告理由にあたらない(なお、第一審判決判示第一の事実につき、被告人らが頒布した本件文書が、公職選挙法一四二条一項にいう選挙運動のために使用する文書にあたるとした原判決の判断は正当である。)。なお、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(田中二郎 関根小郷 天野武一 坂本吉勝)

<参考・原判決の理由>

所論(各被告人関係)は次に、本件の文書は公職選挙法一四二条一項にいう「選挙運動のために使用する文書」には該らないと主張する。

よつて按ずるに、公職選挙法一四二条一項にいう「選挙運動のために使用する文書」とは、所論も指摘するように、文書の外形内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知されるものを指称するのであるが、それは、当該文書の外形又は内容に何らかの意味で選挙運動の趣旨が表示されていて、見る者が頒布の時期、場所等の諸般の状況から推して特定の選挙における特定の候補者のための選挙運動文書であることをたやすく了解し得るものであれば足りると解するのが相当であり、所論のように、当該文書の外形内容自体に特定の選挙における特定の候補者の当選を目的とする趣旨が逐一具体的に明示されていなければならないとまで厳格に解するのは相当でない。また右に所謂「選挙運動」とは、特定の公職選挙につき特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な一切の行為をいうのであつて、対立候補者の当選を妨げるためにする行為であつても、それが自派の候補者を当選させようとする目的に出たものである場合は、なおこれを選挙運動というに妨げないと解するのが相当である。

いま本件についてこれをみるのに、本件の知事選挙においては、自由民主党が推す保守系の久松候補と日本社会党や日本共産党などが推す革新系の湯山候補の二人が立候補し、保守対革新の所謂一騎打の選挙戦を展開していたものであり、本件の文書はこのような状況下において投票日の前日、激戦地と目される松山市内の街頭数十ケ所に散布されたものである。そしてこの文書には、革新政治団体である県政刷新県民の会、日本社会党、日本共産党の連名の下に、「県民の皆様いよいよ明日は我々の手で県庁の日の丸をおろし高々と赤旗を立てる日です、また一日も早く愛媛の教育を改め、中国(紅衛兵)のような青少年をつくりましよう、一月二十六日投票の日、県民各位へ」と印刷してあつて、あたかも右三団体の支持する湯山候補が本件選挙において愛媛県知事に当選するときは、愛媛県庁を赤化し、愛媛県の青少年を、当時中国において出現して勢力を伸長し、吾が国においてその無軌道ぶりを非難されていた紅衛兵のように仕立てるかのごとく暗に思い込ませる趣旨のものであり、湯山候補の当選妨害を狙つたものであることが明らかである。被告人らはこのような文書を頒布することによつて直接的には革新系の湯山候補の人気を下落させ、その反面的効果として自分らの推す保守系の久松候補の当選を得ようと企図したものであつて、以上諸般の事情に鑑みると、本件の文書は、さきに説示したところに照らし、公職選挙法一四二条一項によつて禁止される「選挙運動のために使用する文書」の頒布と認めるに十分である。これと同趣旨の見解に出た原判断は正当であつて、これを非難する論旨も採用し得ない。

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